山形地方裁判所 昭和28年(レ)16号 判決
控訴人は、原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金二万五千二百円を支払わなければならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、控訴人において、被控訴人の債務不履行による精神的損害の賠償請求の原因として、本件電信為替は訴外佐藤きくのの依頼を受けて控訴人において振出しの手続をしたのであるが、右為替証書不到達のため同訴外人の信頼にそむいたこと並びに右為替金五千円の返還を受けるため、寒河江郵便局に五回も出頭し毎回一、二時間またされたことによつて精神的苦痛を蒙つたことを追加主張すると述べ、被控訴代理人において、控訴人主張の金五千円の電信為替依託送金料が二百円であり、右五千円は控訴人が昭和二十五年十二月十三日受付局からその払戻をうけたこと、右五千円の払戻と同時に右料金も返戻すべきものであることは認めるが、本件送金が仙台の病院に入院中の佐藤伊兵衛の治療費として伊兵衛の妻の依頼により控訴人に於て送金手続をしたこと、原告が仙台迄金員を持参し費用を要したとの点及右当審に於ける主張事実はいずれも不知と述べた外、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
原告が昭和二十五年十二月一日寒河江郵便局に対し、仙台市東北大学医学部附属病院精神病科主治医加藤正実宛金五千円の電信為替の振出を求めたが、その際取扱局員において受取人の肩書中精神病科主治医の記載を脱漏したため、受取人に右電信為替証書が到達しなかつたことは当事者間に争いがない。そこで原告が求める物質上並びに精神上の損害の賠償の当否について判断する前に、本件電信為替契約の法律上の性格について考える。郵便為替は国の行う事業であるが、人民のその利用(講学上所謂営造物の利用と称せられるもの)は、国と人民との郵便為替契約によつて行われ、その契約は私法上の契約であつて、郵便為替法に別段の規定がない限りは私法の適用を受けるものと解せられる。然し私法上の契約であると云うことから、直ちに当事者間の法律関係が各場合の契約によつて如何ようにでも定められうるとは云いえない。
郵便為替法第一条は、「この法律は、郵便為替を簡易で確実な送金の手段としてあまねく公平に利用させることによつて、国民の円滑な経済活動に資することを目的とする。」と規定している。即ち、右規定は、郵便為替の窮極の目的が国民の円滑な経済活動に資することにあることを明かにしつつ、その窮極目的達成のため一般大衆によつて公平に利用されうる簡易確実な送金手段の確保を当面の目的とすることを示している。郵便為替はこの当面の目的を達成しうるものでなければならない。然も郵便為替は必然的に集団的な取引である。集団取引を簡易確実に処理するためには法律関係を定型化する必要を生ずる。郵便為替法における法律関係の定型化は国家的利益の要請であると云うことになる。郵便為替法はこの定型化を採用している。例えば郵便為替を利用するか否かは当事者の自由意思に任せられているが、一旦これを利用するとなると、その効力、手続、方式等は同法の規定する所に従わなければならない。仮に当事者が当該の送金が特別に重要な目的のためになされるものであることを表示して、特別の料金を申出でて特別の取扱を要求しても、法律に定むるものゝ外そのような契約を締結することは許されない。個々の為替契約は、一切の個性を喪失して法律の規定する定型的な為替契約としてのみ意味を有する。然らば契約の内容をなさない契約をなすに至りたる事情、契約不履行の場合の損害発生の特別事情等も勿論法律的な意味を有しないものと解すべきである。それは単に郵便為替法において無意味であると云うに止まらず、同法に規定がない場合補充的に適用される一般私法の関係においても無視されると云う趣旨で、この解釈は、同法における法律関係の定型化の要請が極めて強度であること、その要請は公益的な要請であること等から合理的であると考えられる。本件の電信為替契約も右のような性質を有するものと認むべきである。それでは右のような性質を有する電信為替契約において国は、その債務を履行しなかつた場合、相手方に対して如何なる責任を負うかと云うことが問題になる。郵便為替法は、「この法律又はこの法律に基く省令に規定する手続を経て、為替金を払い渡し、又は払いもどした時は、正当の払渡又は払戻しをしたものとみなす」こと(第十四条)並びに一定の場合において為替金の払渡又は払もどしを延期したときは、これに因つて生じた損害を賠償しない旨(第十五条)を規定している。この規定の性質は民法の損害賠償に関する規定の特則であると認められる。従つて同条項に該当しない債務不履行に因つて相手方に損害を生ぜしめた場合は、国は民法の一般原則に従つてその損害を賠償する責任があると考えられる。ところがその賠償すべき損害の範囲については郵便為替法は何等規定していない。然し規定がないからと云つて直ちに民法によつて一切の範囲の損害を賠償すべきであると考えるのは早計である。その範囲は郵便為替法による為替契約の性質の合理的解釈によつて定めるべきである。郵便為替乃至電信為替契約が一切の個性を喪失した定型的な契約であり、契約をなすに至りたる事情、契約不履行の場合の損害発生の特別事情は法律関係として意味を有しないことは先に認定したとおりである。ところが民法上所謂特別事情による損害は、債務不履行当時、債務者においてそれを予見し又は予見しうべかりし時に賠償の責任があるのであるが、電信為替契約においては右のような特別事情は契約の定型の外にあるものとし、法律は債務者においてこれを予見し、又は予見しうべかりしか否かを問うことはないのである。結局郵便為替法を合理的に解釈する時は、電信為替契約の債務不履行によつて生じた損害の賠償は所謂通常の損害に限られると解すべきである。
そこで原告の主張する損害について考えると、精神上の損害は勿論金銭上の損害も共に本件債務不履行によつて通常生ずべき損害ではなく、原告に存する特別事情に基く損害であると認められる。然らば原告の請求は爾余の判断を俟つまでもなく理由がないと云うべきである。
次に原告の本件電信為替料金二百円の返還義務の存在については、被告はこれを認めているから、これを認容すべきである。
よつて民事訴訟法第三百八十四条によつて本件控訴はこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき同法第八十九条、第九十五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 大竹敬喜 立川俊夫 岡田安雄)